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「第四の革命」を読んだ

第四の革命」を読んだ。情報通信技術が、従来の「記録する・履歴をとる」という単純な伝達手段であったものから飛躍して、記録・履歴のデータが処理され、情報として再利用されるようになった。それが様々なテクノロジーに内包されるにつれ、情報通信技術が単なるツールという枠を越えて、情報世界(情報圏・インフォスフィア)を構成するようになっている。インフォスフィアがどのように個々人や世界に影響をもたらすのか、といった内容である。

ナノテクノロジー、IOT、ウェブ2.0 …(中略。いろんなテクノロジー)… これらすべての現象を、一つの、マクロなトレンンドの多様な側面として説明できるような、統合的視点を見つけ出すことができるだろうか? それに答えるのが難しいのは、まず我々がいまだにICT(情報通信技術)を、外界と、そして我々相互が関わりあうためのツール見なしているという点にある。ICTは、実際にはすでに環境なのであり、人類学的な、そして社会的な、世界を解釈する力となっているのである。それは、我々の知的、物理的な現実を生み出し、形成し、我々の自己理解を変え、我々が相互に関わるやり方を変え、世界を理解する方法をより高度化している。そしてこれらすべてが、広く、深く、強力に進んでいるのである。(「はじめに」より)

本書は「時間」「スペース」「アイデンティティ」「自己理解」「プライバシー」「知性」「エージェーンシー」「政治」「環境」「倫理」の10章で構成されていて、最初の2章「時間」「スペース」が、インフォスフィアという環境ができる過程を取り扱っている。コンピューティングリソースの発展によって、情報を記録するハードルが大きく下がっていること、テクノロジーが発展していくにつれ、自然と人間(その間に技術(ノコギリとか))という直接的な関係(一次技術)から、技術と人間(その間に技術(ドライバーとか))、技術と技術(その間に技術)という関係が生まれ、人間を介さずに自律的に処理されていくようになっている。そうした技術に依存した社会を「ハイパーヒストリー」と呼んでいる。

続く「アイデンティティ」「自己理解」「プライバシー」の章はインフォスフィアにおける個人の捉え方についてである。インフォスフィアにおいて、個人は情報として様々に存在し蓄積している。インフォスフィア上に残された情報が個人のアイデンティティにどのような影響があるのか、インフォスフィア上の情報にどのように自己を見いだすのか、そういった考察を踏まえて、インフォスフィアを含めた「プライバシー」について新しい解釈を追加している。

「知性」「エージェーンシー」では、ICTが持つ処理能力と人間の持つ本質的な能力との違いを示して、ICTがどのような処理を得意とするのか、人間の本質的な能力と役割とは何かについて言及している。最後の「政治」「環境」「倫理」はよりマクロ的な視点でインフォスフィアが与える影響を述べている。

個人的に面白かったのは「エージェンシー」の章の、ICTが「シンタクティックエンジン」であり情報の意味を処理できない、という点で、人間の「セマンティックエンジン」としての役割に言及しているところ。ICTは統語論的な解釈はできるが、その記号が持つ意味(意味論)を理解できているわけではない。ICTは分析・処理を通して、その記号がもたらす内容に反応することができるけど、内容を理解しているわけではない。画像のパターンから猫と犬を仕分けることができても、猫そのものを理解しているわけではない。将来的には、もしかしたらICTが意味を理解できるようになるのかもしれないし、別に意味を理解できなくてもたいていのことで問題はないのかもしれない(内容を真に理解していなくても、内容を分析して適切な反応を返すことができる)。ICTと人間ができることの違いは、実際には簡単に切り分けられないし、たぶんICTができることはますます増えていくだろうけど、ICTが現状で「意味を理解できない(でも理解できなくても対応できることはたくさんある)」ということ、人間が「セマンティックエンジン」として必要なケースもあるという点は重要な気づきではないかと思った。