2010年4月12日
本:facebook
facebookの創成期から現在に至るまでの物語。一人の若者が作成したサイトが爆発的な人気を得て、とりまく状況が劇的に変わっていく。facebookへの期待感や焦燥感、様々な人の思惑が話を複雑にしていきます。そして現在のfacebookにつながっていく。それが本書の最大の魅力です。物語に登場するマーク、ショーンパーカー、エドゥアルドは、いまどういう生活をしているのか、二人の関係はどうなったのか、物語中に触れられた問題は解決したのか・・読了後にも続きが気になる内容になっています。なお、物語がエドゥアルドの心理描写が中心に進むというのもあって、若干エドゥアルドびいきなところはあるような気がします。
原著のタイトルは「The accidental billionaire」。facebookがここまで爆発的に広がらなければ、いろいろと結果が変わっているのかなあと思うとこのタイトルにもなんとなく深みを感じます。前書きによると映画化も進行中らしいです。
2010年3月29日
本:subject to change
「予告なく変更される(subject to change)」世界をいかに受け入れ製品開発していくべきか。本書では製品をどのようにデザインするか、どうしてデザインという行為を企業の中核に据えるべきかを論じ、変化の早い世界で柔軟で機敏な製品開発を実現する手法としてアジャイル開発の手法を紹介しています。
その中でもユーザーの「体験(experience)」をいかに理解してデザインするかというのに多くの紙面を割いています。ユーザーにとって製品の価値とは、その製品の背景にある技術的要素ではなく、何を「体験」したか(何を「体験」するか)による。「体験」とは人それぞれであり、その人の動機、期待、知覚、能力、流れ(時間)など感情や文化的背景に左右される。ユーザーの「体験」を理解するにはユーザーを「ヒツジ」のように誘われるだけの存在ではなく、感情・文化・文脈などいくつもの諸要因によって行動する複雑な「人間」として捉える必要がある。
そしてユーザーの「体験」とはユーザーがその製品を使って何を成し遂げたか、その始まりから終わりまでの一連の流れ/枠組み(システム)を通して得られる。フィルムカメラで言えば、カメラを使って写真を撮るまでではなく、フィルムを現像して写真にプリントするまでのフローが「体験」を形作る。すなわち「体験」をデザインするには、製品だけに注目してデザインするのではなく、システム全体を考慮してデザインするのが肝要であると説いています。
2010年2月23日
ハクセキレイとかセグロセキレイとか
セキレイにもいくつか種類があるそうで、野川公園の自然文化センターにあった紹介ですと野川周辺ではハクセキレイのほかにセグロセキレイとかキセキレイが見られるそうなんです。名前の通り、ハクセキレイは白い部分の多いセキレイで、セグロセキレイは黒い部分が多く、キセキレイは体の一部が黄色。
で、上の写真の鳥を見つけた瞬間にセグロセキレイだ!と思ったのですが、どうもよく見るとハクセキレイっぽい。ハクレキセイは雌は背中が灰色に近く白さが目立つ感じですが、どうも雄の背中は黒いらしい。セグロセキレイとの違いは顔の部分の「クマ」の入り方で、ハクセキレイはセグロセキレイよりも白の面積が多いのと「クマ」の文様が違うみたい。
セグロセキレイの「セグロ」は背が黒いという意味だろうから(たぶん)、背が黒ければセグロセキレイなんだと思ってたんですが、そうじゃないんだなあという話。名前の由来も機会があれば調べてみると面白そうですね。なおクロサギにも「黒色型」と「白色型」がいるらしいです。
2010年2月22日
本:季語の誕生
書名の通り「季語」の始まりについて論考した本。俳句における季節感(季語)は歳時記(季語をまとめて四季別に分類したもの)を絶対視しすぎているのではないかという疑問から始まり、代表的な季語「雪」「花」「月」の三つについて、その言葉にある含意を文化的背景や宗教的背景を踏まえながら、季語がどのように成立したのかのルーツを辿ります。特に「月」については、年中見ることのできる月がどうして秋という季節に限定されるようになったかなど、紙面を割いて説明しています。
季語を再考する上でのキーワードとしては「地貌(ちぼう)」というものをあげています。地貌とは「風土の上に展開される季節の推移やそれに基づく生活や文化まで包含することば(p.v)」としており、貴族文化として発展した俳句の世界にある「京都中心、畿内中心」のものの見方とは異なる考え方。「地に足をつけた俳句」と言えるのでないかと思います。本書ではその代表として松尾芭蕉の俳句を多く取り上げています。
季語について個人的に俳句に興味があったわけではなく、季節をテーマにして写真を撮ろうとしたときに「季節」をどう捉えたら良いのかという疑問から手にした本でしたが、思いのほか俳句の世界の奥深さに触れることができて面白かったです。特に松尾芭蕉の俳句の「本歌どり(既存の歌を踏まえて作成された歌)」についての解説が印象深く、既存の歌にある背景を積み重ねていくことで五七五という短い文に相当に深い意味を持たせることができるのだなと思いました。著者の宮坂さんの文章もとても読みやすく、文章の書き方としても参考になる本です。
2010年2月17日
本:銀むつクライシス
かなり前に読んだ本。マゼランアイナメ(和名:銀むつ)を漁獲するとある密猟船をオーストリアの巡視船が追跡するという話を主筋に、なぜ銀むつが乱獲されるようになったのかなどの背景を説明していきます。環境問題(魚の乱獲)を扱った本ですが密漁船と巡視船の攻防に緊迫感があって、普通の読み物としても面白い内容となっています。とくに南極でのチェイスにはドキドキしました。密漁船が他国の領海に入ってしまった場合の捕縛の難しさや国によって船舶の許可の基準が違うことによる弊害(規制の緩い国が違法船の温床となる)など、漁業ならではの問題にも端々触れています。
なぜ魚の乱獲に至ったかについては、一つにマーケティングの結果というのが上げられています。新しいメニューの一つとして売り込んだ魚(はじめはチリ・シーバスという耳障りの良い名前をつけられていた)が、高い人気を持つようになり需要が高まる。その結果供給が正規の漁獲量を上まり、レストランでは量を確保するために密猟ものの魚が許容されてしまう。ここには消費者側がブームに乗って単一の種類の食べ物を嗜好過ぎてはならないという教訓があるように思いました。以前にダーウィンの悪夢というドキュメンタリー映画を見たことがありますが、内容的に通じるところがありますね。
ダフィーは善悪の境目が混乱した裁判の様子を見ながら、もっと大きな問題が忘れ去られているのではないかとも感じていた。北半球の人々が遠く離れた海に潜む魚に心を奪われる。その様子を目にした密猟者は大喜びで船団を組む。そして運よく乱獲を免れていた世界最後の漁場の一つが破壊されようとしている --- 一つ一つの動きが結びつくことによって、誰もが意図しなかった結果が引き起こされようとしているのだ。(p 309)
